月の三徳

朝晩がずいぶん涼しくなり、夜には秋の虫の音が響き渡り、1日の終りを心地よく過ごせる季節となりました。今年の「中秋の名月」(旧暦8月15日)は2021年9月21日。この日は一年間で最も満月が美しく見える日とされています。

日本には縄文時代から月を愛でる風習がありますが、平安時代になると貴族たちの間で「十五夜の月見」が盛んになりました。彼らは、水面や盃の酒に映った月を見ながら酒を酌み交わし、船の上で詩歌や管弦に親しむ風流を楽しんだといいます。

真言密教には月輪観という瞑想法があります。満月を自心と重ね合わせて、月の三つの徳(清浄・清涼・光明)により、三毒と呼ばれる煩悩(貪欲・瞋恚・愚痴)を洗除する瞑想法です。

<月輪の三徳> (桧尾伝)
清浄…月の清浄なるが故に、能く貪欲の苦を離れる
清涼…月の清涼なるが故に、瞋恚の熱を去る
光明…月の光明の故に、愚痴の暗を照らす

夜空に浮かぶ満月をぼんやり眺めているだけでも、物事に対する執着から離れたり、心をかき乱す強い感情が鎮まったり、身勝手な思考から離れたりする効果が期待できます。
そして、心の中に浮かぶ雑念(煩悩)を手放すことができると、物事を偏りなくあるがままに見ることができるようになります。

覚鑁上人は、より詳しく十徳を掲げています。

月輪の十徳> (覚鑁)
円満…月の円満なるがごとく自心も闕くることなし。
   万徳を具足し種智を円満せり、月の円形を見て心の満体を観ぜよ。
潔白…月の潔白なるがごとく自心も白法なり。
   永く黒法を離れて常に白善を興す、月の白色を見て心の白質を観ぜよ。
清浄…月の清浄なるがごとく 自心も無垢なり。
   自性清浄にして無貪無染なり、月の浄徹なるを見て心の浄性を観ぜよ。
清涼…月の清涼なるがごとく自心も熱を離れたり。
   月の涼光に触れて心の慈水を澄せば、無量の恚炎一時に消滅す。
明照…月の明照なるがごとく自心も照朗なり。
   心月臆に澄む、円鏡意を磨いて光明遍く照らす。
独尊…月の独一なるがごとく自心も独尊なり。
   心殿には比いなき心王の如来、識都に並び居するは心数の眷属なり。
中道…月の中に処するがごとく自心も辺を離れたり。
   恒に中道を極めて永く辺執を超えたり。
速疾…月の遅からざるがごとく自心も速疾なり。
   心を浄土に懸かれば十方遠からず、神通の車に乗じて速やかに成仏す。
巡転…月の巡転するがごとく自心も無窮なり。
   正法の輪を転じて邪迷の闇を破し、万徳無窮にして二利断ゆることなし。
普現…月の普く現ずるがごとく自心も遍く静かなり。
   化縁水静かなれば普く万機に浮かぶ、一体を分かたずして九界の前に現ず。

映画『るろうに剣心』では、剣の達人である比古清十郎が「春には夜桜、夏には星、秋には満月、冬には雪、それで十分に酒は美味い…」と述べています。季節折々の花鳥風月を愛でる日本人の感性を表現した名言と私は思います。

秋の夜長には虫の音に耳を傾けながら、満月をゆっくりと楽しんでみてはいかがでしょうか?

参考資料:『阿字観用心口決』(桧尾伝)
参考資料:『一期大要秘密集』(覚鑁)
参考資料:『るろうに剣心』(集英社)

◆執筆者プロフィール◆
 井上寛照(僧侶/心理療法家)
 医王山安養寺代表役員/住職
 サイモントン療法認定スーパバイザー
※隔週で仏教講習会瞑想実践会を開催してます。