三つの煩悩

年末が差し迫り、寒さが一段と厳しくなってますが、いかがお過ごしでしょうか?

私は仕事の合間を見つけて、安養寺の堂内や境内の大掃除に取りかかっています。

堂内や境内が広いので手間がかかりますが、新年を心新たに迎えようと、たくさんの方が参拝されるので手は抜けません。

ところで、仏教では心の中の塵や垢を煩悩と呼んでいます。

大晦日の夜には除夜の鐘を百八回たたいて、百八煩悩を振り払います。

百八煩悩は貪・瞋・痴という三つの煩悩に集約されます。

貪(とん)

貪欲。何かに「楽」を感じて、その「楽」を何度も体験しようと囚われていて、駆り立てられるような衝動を感じてる状態。

瞋(じん)

怒り。何かに「苦」を感じて、その「苦」を避けようとして、心と身体が窮地に追い込まれ、全身の緊張が高まっている状態。

痴(ち)

無知。「楽」も「苦」も感じないものに気づかず、刺激的な体験である貪や瞋に気を取られて、今この瞬間に起きていることに意識が向けられていない状態。
私たちは、際限なく「楽」を追い求め、際限なく「苦」から逃げ回り、おそらく九割以上を占める「楽」や「苦」を感じないものを見過ごして、人生をつまらなく感じる傾向があります。

貪・瞋・痴の煩悩という視点で一年間を振り返ってみると、どのような一年だったでしょうか?

私自身の一年間を振り返ってみると、前半はコロナ渦にも関わらず大きな行事を取り仕切る役割があり、「瞋」の煩悩に振り回されることが多かったように思います。

秋以降になり、やっと落ち着きを取り戻し、毎日瞑想に取り組む余裕もできて、心の穏やかさを感じる瞬間が多くなりました。

しかし12月の中頃に、理不尽に振り回されることが立て続けに起こり、イライラが爆発して、心のざわめきが収まらなくなることが一度ありました。

その日は午前中ずっとイライラがおさまらず、作業に手につかなくなり、やりかけの作業を放り投げて、近くの山にウォーキングに出かけました。

小一時間歩いていると、イライラエネルギーが発散されて、心の中のざわめきがだいぶん収まり、周りの景色が目に入ってくるようになりました。

でも、歩き終わった後も心のざわめきがまだ残っていて、作業をする気になれなかったので、その日は作業を離れてゆっくり過ごすことにしました。

翌日の朝、少し長めの座る瞑想にじっくり取り組み、だいぶん落ち着きを取り戻しました。

翌々日の朝、同じように少し長めの座る瞑想に取り組み、やっと穏やかな心の状態に戻ることができました。

振り返ってみると、2日間ほど心にイライラエネルギーが充満していて、自分の心を「瞋」に乗っ取られていたような感じでした。

1年間の締めに、まだまだ修行が足りないなあ…と未熟さを痛感する体験となりました。

もう人生の後半に入ってることですし、来年はもう少し穏やかに過ごせる時間を増やしたいと思っています。

皆様もどうぞ良い新年をお迎えください。

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◆執筆者プロフィール◆ 
 井上寛照
 医王山安養寺代表役員/住職
 MBSR (Mindfulness-Based Stress Reduction) Certified Teacher
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